コツコツと人型メカのラクガキをする人間の独り言。本当に独り言。絵は極めて少ない。
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切り絵の魅せ方(仮)
黒に輪郭線以外の何らかの要素を持たせるといい気がする。
輪郭線としてだけでなく、たとえばある物体をモチーフにしているのなら、その物体の影とか。印象を増させるための視覚的な演出とか、そういった何らかの要素を持たせる。
※上の切り絵は無計画に組み立てたもので非常にしょっぱい出来になったので色をつけた苦肉の作。
これは「黒に同一の意味を持たせない」ということなのかもしれない。
影であったり、輪郭線であったり、視覚的印象の手法であったり。これ全て同じ黒で構成されているが、意図するものはまったく別なものである。
この区別をはっきり分けることがびしっと締まった切り絵になる一つの方法なのかもしれないと思った。
「思った」のであって、実践して感じたわけではないのであしからず。これから試そうと思います。
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頭の中で構想を練って、紙に描く。
しかし、描けども描けども、構想が大きければ大きいほど、空回りというか構想の基準自体があやふやになってくる。
結局完成前に頓挫することもままある。
一方、紙に描いた物体からひらめいたアイデアをパパッと描く。
「パパッ」の通り、案外すんなり形を落とせる事がよくある。
早いし形もそれなりに満足がいく。だが、自分の癖を最大限に発揮しているので、そこから新しい作風を開拓できるかどうかは分からない。
論理と直感。上手く絡み合った創作方法を見つけたいなぁ…
※タイトルの先頭には「オリロボ」が尽きます。なんとなく格言的なタイトルを付けたくて大仰なタイトルになり申し訳ありません。
最近、あるオリロボを考え中にふと思ったこと。
オリロボ創作とは「マッチングの落としどころを見いだすことだ!」とか思った。
なぜかというと、自分が描きたいモノ全てを一つに注ぎ込むことなど不可能だからだ。なので、ある程度描く要素を選定して、それから構想を練ったりする。※ただこれは自分個人のやり方であって、他の人はどうか知らないけれど。
そして、ある程度描く要素を選んで描き始める。たいていは一発で決まるわけがない!!
あーだこーだいいながら脳みそにぼんやり浮かんだ「理想」(これまたあやふやな基準)を目指してちょこちょこ描く。
すると、今描いているアイデアからまったく違う発想が生まれることがある。ポッと出てくる。
さて、そのアイデアを使うかどうするか。(自分のオリロボ創作に関していえば)ほとんどの場合、既存のアイデアと使う部分が被る。なので、二者択一だ。
ぽっと出のアイデアは自分の「視覚外からの発想」というか、一期一会な発想?とにかく普段思いつかないようなアイデアが降ってくることもある。当然使いたい気持ちもある。
だが、総合的な観点でみるとどうか。全体の完成度を高めるのであればそれでいいが、そうじゃないこともある。色々試してみるのはいいと思うけれども。
また、ある部分が非常に完成度が高くても、全体との統一感がなければ、その我を通して全体を変更するか、泣く泣くその部分を変更するか考える羽目になったりする。
ただ、アイデアに関して言えば、その使わなかった発想も何かしらの形で再利用できたりするから利便性が高いモノなんじゃないかなぁと思ったりもする。そのアイデアを忘れなければ、だけれど。
そういった意味で、(オリロボ)創作とはマッチングの落としどころを見いだすこと何じゃないかなぁと思ったのでした。
最近、あるオリロボを考え中にふと思ったこと。
オリロボ創作とは「マッチングの落としどころを見いだすことだ!」とか思った。
なぜかというと、自分が描きたいモノ全てを一つに注ぎ込むことなど不可能だからだ。なので、ある程度描く要素を選定して、それから構想を練ったりする。※ただこれは自分個人のやり方であって、他の人はどうか知らないけれど。
そして、ある程度描く要素を選んで描き始める。たいていは一発で決まるわけがない!!
あーだこーだいいながら脳みそにぼんやり浮かんだ「理想」(これまたあやふやな基準)を目指してちょこちょこ描く。
すると、今描いているアイデアからまったく違う発想が生まれることがある。ポッと出てくる。
さて、そのアイデアを使うかどうするか。(自分のオリロボ創作に関していえば)ほとんどの場合、既存のアイデアと使う部分が被る。なので、二者択一だ。
ぽっと出のアイデアは自分の「視覚外からの発想」というか、一期一会な発想?とにかく普段思いつかないようなアイデアが降ってくることもある。当然使いたい気持ちもある。
だが、総合的な観点でみるとどうか。全体の完成度を高めるのであればそれでいいが、そうじゃないこともある。色々試してみるのはいいと思うけれども。
また、ある部分が非常に完成度が高くても、全体との統一感がなければ、その我を通して全体を変更するか、泣く泣くその部分を変更するか考える羽目になったりする。
ただ、アイデアに関して言えば、その使わなかった発想も何かしらの形で再利用できたりするから利便性が高いモノなんじゃないかなぁと思ったりもする。そのアイデアを忘れなければ、だけれど。
そういった意味で、(オリロボ)創作とはマッチングの落としどころを見いだすこと何じゃないかなぁと思ったのでした。
過去を悔やんでもしょうがない。
過去の経験を活かして今を生きるしかない。
今もいつまで続くか分からないから。
フジファブリックの志村さんが急逝して昨日、ファンとのお別れ会的な行事があったことなどを考えていると、ふとそんなことを思った。人生もままならないものだなぁとあらためて思う。