コツコツと人型メカのラクガキをする人間の独り言。本当に独り言。絵は極めて少ない。
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描きたいメカの構成なり構想、その他アイデアを文字で書き記すことは悪いことではないと思う。
本当に一瞬の閃きというものは、覚えているうちに何らかの形を残しておかないとすぐ忘れてしまう。
また、描きたいイメージがぼんやりしているときに文字で表現すれば、描きたい形が明瞭になりやすいかもしれない。←これは私感ですが
ところが、いいことばかりではないと自分は思う。
そういったぼんやりとした構想を文字にしてはっきりさせるのはかまわない。だが、書き記した設定を額縁そのままというか、つまりはそれを当てにしすぎてしまうことがある。←これは自分の経験上起こったこと
書き記した情報が決して正しいわけではない。そもそも創作において「正しい」という概念があるかどうかすら分からないが、その文字で書いた情報を「基に」発展させようとするきらいが自分にはある。それでうまくいけばいいが、うまくいかないこともある。
ある程度書いた情報によって制約されてしまうことがある。そうすると発想の膠着化というか、アタマが硬くなってしまう。発想が制約によって偏向的になってしまうのだ。
最悪、それらの文字で書いた情報で縛られて、がんじがらめになってどうしようもないと思ってしまうことがあった。
だからけっして文字に書いたからといってその発想に執着するのではなく、あくまでも参考として後から思い浮かんだ柔軟な発想をもって創作するべきだと思う。
…簡単なことじゃないけれども。
とにかく、文字に書いたからといって安心してはいけない!入れ込みすぎるな!と思う
あくまで個人的な意見です
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最近思うことがあったので、ここに書く。
自分はオリジナルというと「100%」ではないにしろ、かなりその人独自の観点から生み出された産物が含有されていることだと思う。要はパクリじゃないものが多く含まれているだろうということだ。
だいぶ前、あるゲームに触発されそのゲームキャラをモチーフとしたロボを考えたり、そのロボの世界観を妄想したりした。
そして最近描きたくなって描いたが、そのときふと思った。
「果たしてこれはオリジナルと言えるのだろうか?」
登場キャラをメカ化させたのは自分だ。
だが、根底の発想はそのキャラクターに起因する。それは発想をまんまパクッたと言っても過言じゃないのだろうか。
メカ化させるという発想は自分が考えついたものだ。だけどもそのメカの根本の性質はやはりゲームのキャラクターがいてこそのものである。
というわけで、現時点での自分の考えは
「メカ化という発想は自分独自のものだが、根本のキャラクターはやはりオリジナルではない」
…結局結論は出ずじまい。
しかし、今回こういったことを考えた上で思ったことは
「ある特定の物体をモチーフに仕上げることは極めて危険」
ということだ。著作権的な意味でもこれからの自主創作においても…
「ある特定の物体」ときめると、終着点が見えているというか、目標とすべきイメージがぶれないので、まとめやすいこともある。
少なくとも目標がぶれないから基準が明確で分かりやすい。
だが、その物体の発想をまんま内包してしまう危険もある。つまりはオリジナリティの欠如が起こってしまうこともある。
これは極端な例だが、実際自分はパクリに近いものを描いてしまった。
これは気をつけないといけないと本当に思う…
やる気はどうやって引き出せるのだろうか。
最近、やる気をもって「こうするぞっ!」と意欲的に活動することが少なくなってきた。何というか「なぁなぁ」で行動している感じ。行動にメリハリがない。
けれども、なぁなぁで動いている内に意欲的になることもある。創作においてはぼちぼちそんな体験をしたことがある。ただ、それは偶然に起こりうることであって、いつもそうなるわけもなく…
自分でやる気をコントロールできたらなぁ…
コントロールできないにしろ、自発的に動けるくらいの気持ちに持って行けるコツを知りたいと思う今日この頃。
※気がつきゃ十日くらい更新していなかった…
最近メカ創作において、壁というかそういった類の障害にぶつかっている。
それは「統一感」というものだ。そもそも統一感とは何だろう?
とう‐いつ【統一】
[名](スル)一つにまとめること。一つにまとめて組織化・系統化すること。また、そのまとまり。「―がとれる」「―を欠く」「国内を―する」(大辞林より抜粋)
「統一感」では出てこなかったので「統一」より。
要は一つのまとまりのある形状にすることがメカにおける統一なんだと思う。
じゃあ何をもって統一とするか?ここが重要だ。
自分は今まで「形状」にこだわってきた。
ある一定の基準を形状に定めて、それを全てのロボの部位に適応させることによって統一感が出るんじゃないかと考えた。実際試すと、それなりにまとまりのある形状になった。当たり前だが。
しかし、このやり方は異質な形状を混じらせることがまったくできない。だからそのロボは形状が整っていてもワンパターンになりやすい。
つまらないのだ。
実際、勢いで描いたアイデアの絵は、そういった形状の統一感などまったく考えていない。だが、なにかしっくりくるときがある。
そういった形状以上の「なにか」で統一感を出すことができたらなぁと思っている。
意図的にアイデアを出しているときの絵のように柔軟な思考で描くことが今の目標だ。
最近メカ創作において、壁というかそういった類の障害にぶつかっている。
それは「統一感」というものだ。そもそも統一感とは何だろう?
とう‐いつ【統一】
[名](スル)一つにまとめること。一つにまとめて組織化・系統化すること。また、そのまとまり。「―がとれる」「―を欠く」「国内を―する」(大辞林より抜粋)
「統一感」では出てこなかったので「統一」より。
要は一つのまとまりのある形状にすることがメカにおける統一なんだと思う。
じゃあ何をもって統一とするか?ここが重要だ。
自分は今まで「形状」にこだわってきた。
ある一定の基準を形状に定めて、それを全てのロボの部位に適応させることによって統一感が出るんじゃないかと考えた。実際試すと、それなりにまとまりのある形状になった。当たり前だが。
しかし、このやり方は異質な形状を混じらせることがまったくできない。だからそのロボは形状が整っていてもワンパターンになりやすい。
つまらないのだ。
実際、勢いで描いたアイデアの絵は、そういった形状の統一感などまったく考えていない。だが、なにかしっくりくるときがある。
そういった形状以上の「なにか」で統一感を出すことができたらなぁと思っている。
意図的にアイデアを出しているときの絵のように柔軟な思考で描くことが今の目標だ。