コツコツと人型メカのラクガキをする人間の独り言。本当に独り言。絵は極めて少ない。
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ここ数日の出来事で、安全について認識を改めざるを得ないと思った。
特に「安全」を掲げたり、それを売りとするのであれば。
何をもって安全であると言い切れるのか?
安全である根拠は?
「安全」というラベルを貼るより「どこまでなら安全か」を明示すべきなのかもしれない。
「とにかく安全」と精神論の如く掲げるのは、なにか悪質なキャッチセールスを連想させる。
また「安全である」と宣言した以上、想定外という言葉はあまり使うべきではないと思う。
…なんてことを思った。
絶対に安全なんてことはありえないのだから、どこまでなら安全かのボーダーラインを示した方が賢明なのかもしれない。
とりあえず、非常時に非常用の装置が働かないという非常事態が起こった以上、きちんと検証してなるべく「例外中の例外」を潰していってほしいと切に願う。
特に「安全」を掲げたり、それを売りとするのであれば。
何をもって安全であると言い切れるのか?
安全である根拠は?
「安全」というラベルを貼るより「どこまでなら安全か」を明示すべきなのかもしれない。
「とにかく安全」と精神論の如く掲げるのは、なにか悪質なキャッチセールスを連想させる。
また「安全である」と宣言した以上、想定外という言葉はあまり使うべきではないと思う。
…なんてことを思った。
絶対に安全なんてことはありえないのだから、どこまでなら安全かのボーダーラインを示した方が賢明なのかもしれない。
とりあえず、非常時に非常用の装置が働かないという非常事態が起こった以上、きちんと検証してなるべく「例外中の例外」を潰していってほしいと切に願う。
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サイズを意識すると、大分意識の持って行き方が変わってきた。
オリメカの話です。ええ
ここには載せていませんが、考えています。
ただ、ラフで投げてしまいがちなので、ここに載せられるほどのブツは描けていません・・・
ともあれ、最近5~10メートルぐらいの人型メカを考えてはいるのですが、これがなかなか難しい。
というのも、サイズが決まっている以上、それに見合った大きさで、パーツを考えないといけないから。
例えば、人が乗り込んで操縦する5メートルサイズのロボを考えるとすると、ものすごい制約が掛かってくる。
コクピットのサイズとか、どこにどのパーツをつけるか、とか。
小さい分、余りがすこしでもあると、サイズオーバーしてしまう。
また、大きさ的な意味で、正しいスケール感を持っていないといけない気がする。
1メートル四方の箱が、コクピットになってしまわないように気をつける、という意味で。
スケールを今までは意識してこなかったが、意識してみると、大変難しいことがわかった。
何と言うか、いままで自由に壁に絵を描いていた原始人が、初めて「枠」を意識して描いた時も、きっとこんな気持ちだったんじゃないかと勝手に思ってる。
オリメカの話です。ええ
ここには載せていませんが、考えています。
ただ、ラフで投げてしまいがちなので、ここに載せられるほどのブツは描けていません・・・
ともあれ、最近5~10メートルぐらいの人型メカを考えてはいるのですが、これがなかなか難しい。
というのも、サイズが決まっている以上、それに見合った大きさで、パーツを考えないといけないから。
例えば、人が乗り込んで操縦する5メートルサイズのロボを考えるとすると、ものすごい制約が掛かってくる。
コクピットのサイズとか、どこにどのパーツをつけるか、とか。
小さい分、余りがすこしでもあると、サイズオーバーしてしまう。
また、大きさ的な意味で、正しいスケール感を持っていないといけない気がする。
1メートル四方の箱が、コクピットになってしまわないように気をつける、という意味で。
スケールを今までは意識してこなかったが、意識してみると、大変難しいことがわかった。
何と言うか、いままで自由に壁に絵を描いていた原始人が、初めて「枠」を意識して描いた時も、きっとこんな気持ちだったんじゃないかと勝手に思ってる。
※多分過去にも似たようなこと書いていると思います※
イラストという言葉の意味は
イラストレーション【illustration】
と書かれている。
じゃあ、自分が描いているらくがきは「イラスト」ではないんじゃないかと思う。
説明や装飾を主眼において描いていないから。
では、何を描いているのかといえば「らくがき」ないし「絵」と答えるだろう。
納得いったぞ!!
某会員制イラスト投稿コミュニティサイトが肌に合わなかった理由。
それは、自分が「イラスト」を描いていないからだっ!
などと、独りごちるのも大概にしないとなぁ…
自分は絵は描くけれども、上記で定義されたような「イラスト」は苦手だ。
きっちりと構図を決めて、そこに様々な手法を用いて造形を描く。
コレを自分はイラストだと思っている。
なんというか、常日頃からまったく意識していない要素が多い。
構図も考えていなければ、造形を描く手法にも無頓着。
また鉛筆さえあれば十分などと、色彩要素すら排除したような思考も原因かもしれない。
絵は楽しいが、イラストは楽しい以上に面倒・難しいと思う。
手法云々よりも、そういった意識を変えていく方が先決なのかもしれない。
イラストという言葉の意味は
イラストレーション【illustration】
書物や広告に用いられる説明や装飾のための挿絵・図解や写真。 |
(大辞泉より抜粋)
と書かれている。
じゃあ、自分が描いているらくがきは「イラスト」ではないんじゃないかと思う。
説明や装飾を主眼において描いていないから。
では、何を描いているのかといえば「らくがき」ないし「絵」と答えるだろう。
納得いったぞ!!
某会員制イラスト投稿コミュニティサイトが肌に合わなかった理由。
それは、自分が「イラスト」を描いていないからだっ!
などと、独りごちるのも大概にしないとなぁ…
自分は絵は描くけれども、上記で定義されたような「イラスト」は苦手だ。
きっちりと構図を決めて、そこに様々な手法を用いて造形を描く。
コレを自分はイラストだと思っている。
なんというか、常日頃からまったく意識していない要素が多い。
構図も考えていなければ、造形を描く手法にも無頓着。
また鉛筆さえあれば十分などと、色彩要素すら排除したような思考も原因かもしれない。
絵は楽しいが、イラストは楽しい以上に面倒・難しいと思う。
手法云々よりも、そういった意識を変えていく方が先決なのかもしれない。
最近、碌なアイデアも浮かばなくなり「スランプになった」と思っていた。
だが、実際はスランプというよりも、目標・目的意識の欠落が原因でグダっていることに気付いた。
一昨日に。
そんなわけで目標や目的をもって行動することが如何に重要かを実感した次第。
目標がないとどうなるか?
①目標がないので、対象の判断・判別する要素が無くなる。
②判断基準がないので、加減が分からなくなる。
③その状態をどうにかしようと、とにかく足掻く。
④無目的に足掻くことによって、さらにグダる。
といった具合に、とにかくグダる。
目的がない=グダることを目的化する、といった認識をしてもいいのかもしれない。
こういった自分の思考ルーチンを読み解くことも重要なんじゃないかと思った。
SFではないが、「認識」しないと、それが何なのか定義できないないから。
だが、実際はスランプというよりも、目標・目的意識の欠落が原因でグダっていることに気付いた。
一昨日に。
そんなわけで目標や目的をもって行動することが如何に重要かを実感した次第。
目標がないとどうなるか?
①目標がないので、対象の判断・判別する要素が無くなる。
②判断基準がないので、加減が分からなくなる。
③その状態をどうにかしようと、とにかく足掻く。
④無目的に足掻くことによって、さらにグダる。
といった具合に、とにかくグダる。
目的がない=グダることを目的化する、といった認識をしてもいいのかもしれない。
こういった自分の思考ルーチンを読み解くことも重要なんじゃないかと思った。
SFではないが、「認識」しないと、それが何なのか定義できないないから。
自分のスローガン「一発でいいものなんかできるわけがない!」をどうにかゆるめたい。
考えて形作ることを美徳みたいな感じで絵を描いてきたモンで、それがなかなか抜けきれない。
というより、それの必要性も感じるからなおさら止められない。
だが、考えることばっかり優先させると、自分の直感ないし無意識の発想がしょぼくなってしまう気がする。
美的感覚において、感性には理性では太刀打ちできないことは理解しつつも、つい考えてしまう。
頭でっかちにはなりたくないものだなぁ…
考えて形作ることを美徳みたいな感じで絵を描いてきたモンで、それがなかなか抜けきれない。
というより、それの必要性も感じるからなおさら止められない。
だが、考えることばっかり優先させると、自分の直感ないし無意識の発想がしょぼくなってしまう気がする。
美的感覚において、感性には理性では太刀打ちできないことは理解しつつも、つい考えてしまう。
頭でっかちにはなりたくないものだなぁ…