コツコツと人型メカのラクガキをする人間の独り言。本当に独り言。絵は極めて少ない。
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本当にネタがない。本当にネタがない。
落書きとか、そういった衝動的なものでなく、もっと考えて煮詰めた何かを描きたいが、頭が働かない。
絶賛フリーズ中…
落書きとか、そういった衝動的なものでなく、もっと考えて煮詰めた何かを描きたいが、頭が働かない。
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最近このブログの方針に若干行き詰まりを感じてきた。要はネタがない。
それはブログに書いていることが「創作?」に関することに極力絞っているからだ。
時事はあまり扱っていないので、流行に囚われない。(というより流行に疎いから書けないし、いち一般人の日常をネタにしておもしろいか甚だ疑問)
だが、創作?は時事のようにぽんぽんネタが出現するわけでもないし、過去思ったようなことと同じようなことを繰り返し書いてしまうことが多々ある。
ぶっちゃけはじめの方の文章の方が密度が濃いので、今とだいぶ印象が違うのではないかと思う。はりきって飛ばしすぎた…
そんなわけで今後の課題としては
内容をなるべくかぶらせない
内容になにかしらの単一性を持たせる
ことを心がけていきたいと思う。(希望というか理想)
最近、ポッと2つのネタが湧いてきた。それぞれの発想の出現の仕方が違ったのだが、それについて記してみる。
・理性で考えて一つのネタにするタイプ
そのまんま。
いくつかのネタをこねた末に頭でアイデアの根幹(コンセプト)を決め、それを形にしていく方法。
この方法だと良くも悪くも「縛り」ができてしまうので、その縛りの加減や煮詰まらないようにしていく必要がある。正直完成したモノは見た目以上に時間が掛かっている印象。
最近このタイプで浮かんだネタは「電」の漢字をロボのモチーフにぶち込むというモノ。まだまだ考え中。
・直感で浮かんだモノをそのままネタにするタイプ
これもまんま。
ふと頭の中で異様なほど輪郭がはっきりとしたイメージが浮かぶことがある。それをそのまま紙に出力する方法。
こっちはこっちでイメージは生ものなのでなるべく早く出力しないといけないと思う。輪郭がぼんやりしてきて頭で「こうだったかな?」とか考えながら描いてしまうと不純物が混じってコレジャナイに大変身。あと直感的なモノはたいていストレートで単純な形であることが多い(自分の場合)。なので新たな発想を試みたいときなどは、やはり考えた上で組み立てた方がいいと思う。ただやっぱりこっちの方が描きやすい。
最近こっちの方向で浮かんだネタは、ラインバレルのマキナについて考えていると、つま先立ちロボのふくらはぎの後ろにパイルバンカーを装備したロボが浮かんできた。こっちもイメージの鮮度が落ちてしまったので、上のように考えないといけない状態になった。
とかそんなことを考えています。考えるだけだからろくに絵が上達しない…
・理性で考えて一つのネタにするタイプ
そのまんま。
いくつかのネタをこねた末に頭でアイデアの根幹(コンセプト)を決め、それを形にしていく方法。
この方法だと良くも悪くも「縛り」ができてしまうので、その縛りの加減や煮詰まらないようにしていく必要がある。正直完成したモノは見た目以上に時間が掛かっている印象。
最近このタイプで浮かんだネタは「電」の漢字をロボのモチーフにぶち込むというモノ。まだまだ考え中。
・直感で浮かんだモノをそのままネタにするタイプ
これもまんま。
ふと頭の中で異様なほど輪郭がはっきりとしたイメージが浮かぶことがある。それをそのまま紙に出力する方法。
こっちはこっちでイメージは生ものなのでなるべく早く出力しないといけないと思う。輪郭がぼんやりしてきて頭で「こうだったかな?」とか考えながら描いてしまうと不純物が混じってコレジャナイに大変身。あと直感的なモノはたいていストレートで単純な形であることが多い(自分の場合)。なので新たな発想を試みたいときなどは、やはり考えた上で組み立てた方がいいと思う。ただやっぱりこっちの方が描きやすい。
最近こっちの方向で浮かんだネタは、ラインバレルのマキナについて考えていると、つま先立ちロボのふくらはぎの後ろにパイルバンカーを装備したロボが浮かんできた。こっちもイメージの鮮度が落ちてしまったので、上のように考えないといけない状態になった。
とかそんなことを考えています。考えるだけだからろくに絵が上達しない…
ある一定のモチーフを描き続けていると、ふと「それ以外の物を描けない」と錯覚するときがある。
得手不得手は当然あると思うが実際は、下手でも「描けないことはない」はずだが…
長年「メカしか描いてこなかった」と錯覚して、それ以外のモチーフを描けないとつい錯覚してしまう。
実際、昔はそういった思いこみのない時は、色々柔軟な発想ができていた気がする。
「思いこみ」で行動することなく「実感」を経て判断できるようになりたいなぁ…
何事も前向きに、攻めの気持ちで向かっていかないとマジ流されるだけだなぁと痛感。
※前傾姿勢とは卓球の基本姿勢です
ぼんやりと「自分の絵の自信のなさ」について考えていて、ふと思った。
自信云々以前に、過去に「作品」を作ったか?
答えはノー。
課題で半ば強制的に形にしたものはあったが、自主的に「作品」と呼べるような、自分自身で認識できるようなものをほとんど作っていないことに気づく。
※それなりに切り絵とか、カッチリした形のブツを作っていないことはないけれども、自分自身の中で、作品といえるかどうか怪しいのでこれは作品でないと仮に置く
だったら、その自信のなさについて云々考えること自体がナンセンス。
屁理屈言うくらいなら作れ!と、冷静に考えると思う。
なので出来がどうであれ、自分の中で作品と呼べるような何かを作ろうと思う。
出来がアレでも、胸を張ってみせられるようなものを作りたいと切に思う。